くさせんべいと東武のはなし

ひたすら東武のことをつぶやくブログ。「煎餅の旅と日常」の主による別ブログです。

東武特急の置き換え計画が読めない

こんにちは。旅行ブログの方がほったらかし状態のくさせんべいです

f:id:Kusasenbei:20200926122614j:plain

先日より、今年度増備分の500系リバティ甲種が行われ、まーた撮り鉄界隈が賑わっているようです。

これにて今年度分増備の5編成のうち残り3編成分が増備され、今年の増備は終わりました(残りは春に増備された70090系2編成)が、この3編成は土休日運転のきりふりと波動用以外に使い道のない350系置き換え用ではないかとの見方がファンの間で強まっています。

f:id:Kusasenbei:20200926123343j:plain

f:id:Kusasenbei:20200926122219j:plain

さて、話は変わりますが、コチラは100系スペーシア(上)と200系(下)。100系「けごん」「きぬ」、200系は「りょうもう」として運用される列車ですが、100系は1990年・200系は1991年に登場し、どちらももう製造から30年近くが経過しています。サービスの陳腐化やコンセントがないなどの問題点を考慮するともうそろそろ置き換えるか第一線から撤退させる必要が出てくる時期となっています。

実際、100系に関しては中期経営計画に「日光線の新型フラッグシップトレイン」として置き換え計画の話が少し出ており、時期としては来年度となります。200系に関しては公式発表皆無ですが、床下機器に関しては64年も前の設計が基礎となっており、下手したらこのまま65年、70年となってしまいます。コチラも置き換えが必要になっていると思われます。

 

さて、私のなかではこんな感じの置き換え計画予想を立てていました

 

日光特急(東武)→新型車両   100系第一線から撤退 500系はそのまま

日光特急(JR)→100系機器更新   動きなし

波動用→100系機器更新    350系廃車

    250系波動用へ編入

りょうもう新型車両      200系廃車

 

と、こんな感じで考えていました。しかし今回500系が純増したことにより、波動用の仕事が500系に奪われることになり、100系の行先が事実上失われることとなりました。

となれば考えられる先として、

りょうもう用に転用

・地方私鉄に譲渡

・廃車

というかたちが考えられますが、100系の個室とビュッフェがある特殊構造上、りょうもう用にするには座席の置きなおし、個室撤去、機器更新と大掛かりな改造をする必要があり、いくら魔☆改☆造の東武でもさすがにやるとは思えません。となれば考えられるのは地方私鉄譲渡ですが、コチラも先頭車が個室という特殊構造ゆえ短編成化したときに個室が邪魔になり、改造するのも大変なのでちょっと考えにくいです。

なら廃車、という選択肢がありますが、「廃車?あの列車を使い倒すことに定評のある東武が??」という考えが頭をよぎります。

100系に関しては、JR直通を置き換えるのかそれともそのまま使うのかという問題があり、さらに200系廃車時の250系の処遇をどうするかという話にもなり、正直言ってどっちに転がるのかまったく読めない状況になっているのが現状です。

 

 

ひとまずここで、現状の列車の問題点を考えてみます

100系VVVFの老朽化、コンセントはおろか背面テーブルすら無い座席

・200系→床下機器の老朽化、一部座席に背面テーブルが存在しない、コンセント皆無、2010年台に入って座席更新したばかり

・250系→1編成しかない

500系→定員が少ない、車販スペースが無い

 

 

次いで、次の新型車両に求められる設備を考えてみます。赤文字は絶対必要なもの

・日光特急→コンセントグループ用テーブル(ひじ掛けの折り畳みテーブルなど)、背面テーブル、車内販売、個室、広めのシートピッチ、フリーWi-Fi

りょうもうコンセント背面テーブル、座席定員の多さ、フリーWi-Fi

・臨時波動用→コンセント、背面テーブル、高い汎用性

日光特急に必要そうな設備を「個室」としたのは、現在の100系個室の人気が高いため。実際グループ利用や騒ぎたい人、またよく泣きがち/大人しくできない子供連れの層なんかにも需要があり、6室しかない個室は休日午前中とかの列車を中心に即座に売り切れてしまうんだそう。区間利用も少なくないですが、そういう人はだいたい普通車に乗るのでやはり観光客向けの設備が必要となってきます。

一方、りょうもうはビジネスの利用が多く、遠距離ライナー列車的な役割であることを考えると座席定員が必要となってきそうです。コンセントや背面テーブルの需要は日光特急以上になるでしょうし、フリーWi-Fiも欲しいところです。

臨時用は基本的に走らせる線区により適切な車両を使うのが最善でしょうが、団体用やツアー用となると話が変わってきます。無駄に個室だの車内販売だのを付けるより、調整可能な普通席がズラッと並んだ車両の方が便利です。しかしコチラは既に500系という便利車両があるので、置き換える必要は無いかと思われます。

 

それを踏まえ、いくつかあり得る置き換え案を挙げてみます。

 

  • 案1

・日光特急→JR直通ごと新型に置き換え、100系全列車廃車

500系はそのまま、波動用は500系にて

りょうもう→新型車両に置き換え、250系も容赦なく廃車

ぶっちゃけ何も考えなくていい最も簡単な置き換え計画だと思います。というか、正直もっともあり得る計画じゃないかなって思います。

  • 案2

・日光特急→豪華列車を2~3本製造、それ以外は100系を更新(JR直通も更新のみ)

波動用に250系を編入100系250系500系にて臨時や団体の運用に入る

りょうもう→250系を除き新型車両に置き換え

JRの踊り子/サフィール踊り子のように豪華新型車両を新造し後は従来の車両でやり繰りするやり方。日光特急の汎用性が薄れるものの、これなら既存の列車をまだまだ使えます。尖った車両なら話題にもなりますし、観光特化にもできます。

 

 

ということで新型車両の置き換え計画を考えてみました。正直言ってこれが全く違う結果になる可能性は十分高く、いろいろ考えているものの結局「読めない」という結論となっています。サービスの陳腐化が進む中、今後の東武特急がどうなるか楽しみです。

 

 

 

 

 

オマケ:主の妄想爆発

 

日光特急ですが、具体的に「どういう感じになるか」を考えてみました。

 

案1 オール回転リクライニングシート、トイレ以外の特殊設備無し

…これは既に500系が担当してるので、これは無さそうです

 

案2 100系正当後継車

要するに個室6室+ビュッフェのスタイル。これなら置き換えのときに構造が同じであり、置き換え完了するまで代走だのなんだのに困らないスタイルです

現在の列車もそうですが、せっかくなら沿線の伝統工芸品とかちょっとした地元銘菓とか売ってほしいですね?

 

案3 2両ダブルデッカー

平屋席に電動機を置き、日光側2両をダブルデッカー(2階建て)にするやり方。個室席を階下に置けば個室を確保しつつ座席確保が可能。眺めはもちろんいいですし(それだけの景色が東武線内にあるかは微妙ですが)、なんなら先頭車をパノラマにできます(それだけの景色がa(ry)

ビュッフェをどうするかは微妙ですが、階下席に置くと個室席が減りそうだなぁと。搬入の手間も考えると、日光側前から3両目に設けるのがよさそう。

バリアフリーは平屋席で対応します。

 

案4 観光特急

要するにJRでいう乗ってたのしい列車とかそういうの。具体的に言えば、花嫁のれんとかとーほくえもーしょんとか

もちろん日光特急に全面的に採用することなど不可能なので、数編成だけ造るやり方となります。

案4-1 よくある観光特急

水戸岡マヨネーズばりの奇抜なデザインの列車を造り、特急料金にプラス上乗せしてでも座席定員を少なくして楽しんでもらうスタイル。浅草・春日部・栃木・日光などの伝統工芸の展示販売、沿線の食材を使った軽食や名物を販売してもよさそうです。浅草→日光で時間が2時間弱なので、入れ替わりを考慮するとこのスタイルが良さそう東武らしさ」は崩壊するかも…

案4-2 レストラン列車

車内をミトーカよりは多少シンプルにしつつ、食べる特化の車両に。2時間弱だとドタバタになってなかなか大変そうなので微妙ですが、例えばこれが「会津田島行」であれば所要時間が3時間強になり、食事と乗車を合わせると丁度よさそうな感じです。途中乗車だと正直微妙なので乗車は浅草、とうきょうスカイツリー、北千住に絞り、下車は野岩鉄道会津鉄道線内に限定、という感じで…。ただ、スイーツだと磐越西線のアレの二番煎じですし、本格ピザは西の方でやってますし、高級料理だとすぐ西のとこがやってますし…。せっかくなら沿線の食材や名物を、と思いましたが、貧相な知識ですと会津絡みで「蕎麦」の列車くらいしか思い浮かばなかったです。でも日光湯葉や埼玉東部名産の小松菜とかは蕎麦に合いそう。時折、大内宿のねぎそば的なのや両毛地区のうどんをメニューに入れるというのも楽しそうだなと感じました。

でもコレ日光特急を置き換えてやるものじゃねぇな???

 

 

以上妄想おわり

東武じゃできなさそうですが、コタツ列車とか乗ってみたいな~とか考えております

東武伊勢崎線に北千住~新橋の地下新線を造る計画があったらしい…というお話。

f:id:Kusasenbei:20200814182908j:plain

浅草の繁華街の脇にそびえる駅、「浅草駅」

駅ビルのなかに入っているその駅は言わずと知れた東武鉄道のターミナルで、東武特急が発着する東武鉄道の拠点駅の一つとなっています。

ですが、拠点駅であると同時に、この駅は「残念なターミナル」という不名誉な名前も貰ってしまっています。というのも、この駅は都心側のターミナルでありながら最大で8両までしか入ることができず、しかも大半は6両までしか対応していないという、昨今の大量輸送時代とは思えないほど輸送力が乏しいターミナルとなっています。

 

こうなった原因は

  1. 立地上墨田川を渡ってすぐのところに駅を造るほかなく、土地が少なかった
  2. 延伸当時、山手線ではなく浅草が東京の中心街であった
  3. 延伸当時は10両編成などとても考えられぬ時代で、2両4両が当たり前だった
  4. 両国、越中島など都心の他のターミナルを確保することができなかった
  5. 上野・浅草は既に栄えており、地下鉄計画が真っ先に実行されることになったため上野への延伸申請が却下された。またもう路線を造るための用地がなかった。

などといった度重なる不運により現代こうした駅になってしまったようです。もちろんそんな状況であっても大量輸送時代は訪れるもので、この対策として

  • 日比谷線への直通→山手線アクセスの確保
  • 新車投入、旧性能車の車体更新→輸送力強化
  • 業平橋駅を利用した折り返し能力強化(のちに不要となり現在この機能は消滅)
  • 北千住~北越谷の複々線化工事→列車本数増強、遠近分離、定時運行率の向上
  • 北千住の立体化→ターミナル機能の強化、安全性の向上
  • 半蔵門線東急田園都市線との直通運転→輸送力の確保

といったさまざまな対策を行い、迫る大量輸送時代へと備えました(というよりその対策中に大量輸送時代が訪れ、大量の乗客にもみくちゃにされながら必死で輸送改善を行ってきた、という方が正しいかと思われますが…)。

 

ということでここからが本題。不便なターミナルを持ってしまった東武鉄道、この山手線アクセスの改善の一貫として日比谷線へと直通を行い、結果として急速に発展していった経緯を持ちます。ですがが、日比谷線開業前の頃に実はもう一つ、新たな都心のターミナルへと乗り入れる構想があったそうです。

 

このことについての詳しい話は、東武鉄道公式の「東武鉄道百年史」に載っているそうですが、残念ながらこれがまた万を超えるお値段であって一般に流通するようなものでなく、それゆえ手元に存在しないため、東武伊勢崎線日光線 古地図さんぽ」という本のコラムより抜粋するかたちになります

またこの構想以前にも都心乗り入れ計画はいろいろありましたが、これらについては省略といたします。亀戸線の存在と直通の話は結構有名ですし。

 

昭和の中頃、東武鉄道運輸省にある新線計画を提供します。提出されたのは昭和30年、内容としては北千住~新橋に地下鉄新線を造る、というものでした。地下鉄新線、もちろんそれは営団とかの線路に乗りいれるのではなく、自社で線路を建設しようというものだったようです

 

東武伊勢崎線北千住駅を出て千住橋戸、南千住、三ノ輪、千束、寿町、蔵前、浅草橋、人形町茅場町、八丁堀、銀座を経由し新橋駅へと至るルートだったようです。

途中駅は、三ノ輪、浅草、田原町、浅草橋、人形町茅場町、築地の予定だったそう。

推定ですがルートをマッピングしてみました。

最初は南千住まで常磐線日比谷線と同じように並走…または、その西側を走り、三ノ輪付近で浅草方面(現在のつくばエクスプレスのルート)へ、田原町から蔵前、都営浅草線に沿うルートとなったあと現在の東日本橋駅付近から人形町付近を経由して茅場町に抜け、銀座、築地から汐留をかすめるようにして新橋、というかたちであったと推測されます。

一応大通りに沿うかたちとしましたが、この時期に大通りが完成していたかは不明です。これは推測なので、間違っている可能性は十分考えられるでしょう。

ルートとりでは北千住~三ノ輪のところ、人形町のところ、新橋のところが少しごちゃっとしており、この辺がどうなっていたか少し分かりませんでした。

 

用地買収のことは置いておいて、浅草、田原町、浅草橋あたりのどこかの駅を4線化できれば速達列車の運転も可能とみられ、東武伊勢崎線から山手線へとかなり素早くアクセスすることができたと考えられます。新橋乗り換えで都心を素早く通過するひとつの手段ともなりえたように思えます。

 

f:id:Kusasenbei:20200814201314j:plain

結局この新線計画は二転三転し、結局最終的には営団が地下鉄日比谷線を造って東武がそれに直通する、という実史に落ち着きます。ですがそれは自社路線ではなくあくまで「他社に乗り入れる」というかたち。しかも東急と営団がゴネたために早く開業することに対する莫大な代償として「18m車のみ、両数制限あり」という現代にまで波及する大きな大きな足枷を着けられることとなります(しかも後年になって「やっぱ20m車走らせられるわ~www」となったんだからもうね)。

 

これは妄想でしかありませんが、もし仮に日比谷線が20m車10両編成を乗り入れられる構造であれば、日比谷線直通をメイン輸送ルートとして、準急・急行の日比谷線直通などもっと便利になっていた可能性も考えられます。ですが、開業を早めたことでまだまだ電車の時代だったうち(=モータリゼーションがなかばだった頃)に開業させることができたとも捉えられることができ、どっちが正解だったのかはわからないです。

 

少し話が脱線しましたが、もしこの地下鉄新線計画が実現していたならば輸送力拡大のための工事も自由に行えたはずですし、何よりこの路線が秘めていた存在価値は大きなものになっていたのではないかと思います。それだけに、この新線が実現しなかったのは残念でたまらないですが、だからといって実現しなかったものを嘆くというのは野暮なことなのでしょうね。

f:id:Kusasenbei:20200814211740j:plain

今の時代ではもう都心直通新線など夢のまた夢みたいな話ですが、「東武鉄道のみで高速で山手線主要駅にアクセスする」というのは沿線住民である私の叶わぬちょっとした夢だったりします。いつかまた、都心に新線を造ろうと言い出す時代は来るのでしょうか(たぶん来ない)。

 

 

ちなみにこれは余談ですが、日比谷線直通が各駅停車であること、常磐線が交直車である関係で品川までしか乗り入れられないことのせいで、東武線内の急行駅から横浜方面に素早く抜けるには乗り換え2回しなければならないことや、乗り換え乗り換えで新宿に素早く行けないことも伊勢崎線(スカイツリーライン)の不便さを際立たせるのではないかなって思います。朝ラッシュ混雑率は他路線の上位連中ほどヤバくないらしいですが、それでも乗り換え多くて不便となるとどうしてもねぇ…

 

 

参考文献

東武伊勢崎線日光線 古地図さんぽ』2018年 フォト・パブリッシング(株)発行 メディアパル(株)発売 坂上正一著 p.43

その他、『東武鉄道百年史』にも記載があるようです。

 

 

旅ブログもよろしくお願いします↓

くさせんべいの記事リンク集 - 煎餅の旅とご飯と日常の記録

東武350系、間もなく引退の噂?

f:id:Kusasenbei:20200702230326j:plain

こんにちは。くさせんべいです。

本日2020/7/14、東武鉄道公式HPより、「2020年移動等円滑化取組計画書」が発表?されました。その内容は簡略に言うとざっくりした駅設備(バリアフリー未対応駅)の改良計画、今年度のホームドア整備計画、その他バリアフリーに向けた整備計画について書いたものです。そしてその中に「バリアフリーに対応した新型車両を5編成導入します」という文言があり、その文言について東武ファンの間である噂が流れていたので、ちょっとそのことについて書いていきたいと思います。

 

注意・この記事は推測や噂などを元にした、すなわち確定情報が無い状態で書いています。そのため、情報を鵜吞みにする、またこのことを「確定情報」として拡散する行為はせぬようよろしくお願いいたします。

 

 

350系、間もなく廃車?

f:id:Kusasenbei:20200606082833j:plain

この文書の中には「5編成導入」というのが書かれていました。さて、2020年度(3月はじめ)は現在もう1/3まで進んでおり、その間に導入された列車は2編成あります。私がさんざん書いた「THライナー」に使用する70090系、その第5編成、第6編成です。

この時点で、今年度に増備していないのは3編成。なのですが、その「3編成」という数は、なんと350系の編成数と一致するのです。

kusasenbei.hatenadiary.com

ちょうど2週間前ですね、350系は間もなく引退するのでは、と推測したうえで、まだ公式発表がない今のうちにと350系きりふり号に乗った乗車記を書きました。

当然ながらもうすぐ引退と推測した理由はあります。この数ヶ月前、350系が毎日運転の定期列車としては最後の「しもつけ号」(宇都宮線直通特急)が廃止されてしまったからです。これにより残すは東武日光行の「きりふり号」のみとなりましたが、この乗車記において私は「350系の運転だからわざわざきりふり号なんて愛称を残しているわけで、運用自体は別に350系でなくてもいい」と書きました。そのうえで、「きっと100系置き換えのタイミングで廃車になる」との推測も書きました。

ただ、よくよく考えてみれば、100系500系で置き換えられる運用をわざわざ350系で残しておく必要あるか??」というもっともな疑問があることも事実です。

 

この増備計画に際し、ファンの間では「350系を廃車して500系リバティを増備するのでは」という噂がたっています。そこで、350系を残すメリットデメリットを考えてみましょう。

・新車導入ほど一気にお金を使わない

  • 350系を残すデメリット

・リクライニングしないシート、和式お手洗いと接客設備が時代錯誤。それで特急料金とってる。普通運用には使えない、既存の特急の代走もできない。

・最高速度110km/h(100系500系の設計上最高速度130/h、営業では最大120km/h)

・運用がかなり限られる。平日は全編成ニートレインと化す。

・休日の1運用のために3編成も必要⁇

・予備がなく、供給の頼みがほぼ皆無の部品も存在すると思われる

・故障が何度か起こってる

・純粋に車齢がやばい

・維持費は500系の方が安いと思われ

 

・日光特急から通勤ライナーまで、活躍の幅が広く何にでも使える

・夜割午後割を設定ぜすリバティ料金をふんだくれる。

・近年、アーバンパークライナーでの活躍が増加傾向

・リクライニングシート、背面テーブル、コンセントつきと現代にふさわしい接客設備

・純粋にカッコよく見栄えがいい

  • 500系を増備するデメリット

 ・導入にはまあまあお金かかる(※新車に共通の特徴)

・比較して1両減車なので定員は減る

 

はい、もう350系を残すメリット皆無ですね。いちおう、350系には団体運用や貸切というのもあるのですが、この貸切が満員御礼だった例はあまり見たことなく、500系1編成を使えば十分載せきれてしまうように思います。そうでなくとも2編成繋げた6両編成なら十分でしょう。

おそらく350系は運用面でもサービス面でも「扱いづらい」車両になっているはずなので、350系を廃車して500系を増備するというのは実に合理的で筋の通っている話だと言えるでしょう。

 

350系はおそらく新型特急車両で100系を置き換えた後に廃車になるんじゃないかな~と推測していましたが、この噂が本当なら思った以上に早い時期に廃車になりそうですね。もしかしたら来年まで持たない可能性も十分考えられると思います。となると9編成も存在する100系をどうするのか??という疑問もわいてきます。JR直通対応の3編成は残すと仮定しても、6編成も波動(臨時)用特急が必要なわけがないですし、地方私鉄に譲渡するにしても先頭車1両は個室だから要改造ですし…そういえば、ちょうど足回りは50年以上経っていてぴったり9両存在する特急型が存在してましたね?

今確認したところ、350系は351F、353Fがもう製造から50年以上経過(本来の1800系時代から数えて)していたようでした。野田線8150Fの中間車2両が営業列車では最古参のようですが、350系もそれに負けず劣らずの古さであり、なるほどこりゃあ老朽化がやばいはずだと言いたくなります。というかもしかして、(ほぼ原形を残している)私鉄特急としては最古参?

ともかくも、350系があまり先長くないのは間違いないと思うので、早め早めに記録を行った方がよさそうです。

 

350系置き換えじゃないケースを考えてみる

 もしも350系置き換えのための増備じゃないとしたら、どんなものがあるかちょっと考えてみましょう。

  1. 60000系増備、野田線8000系最古参の廃車
  2. 特急の純増
  3. 東上線の車齢やばい通勤電車置き換え

まず1について。350系じゃなければたぶんこれがありうる話かなって思います。8150Fは野田線、アーバンパークラインの中でも最古参に位置する列車で、最近ついに車齢50年が経過してしまいました。当然ながら修繕工事は受けており、宇都宮線8000系の置き換えで部品には余剰が出ているはずですが、それでも老朽化はそれなりのものじゃないかと思います。まずはこれの置き換え、次いで複線化、増発による増備。複線化を進めている野田線においてはむしろ車両を増やさないといけない状況にあると考えられ、その点では1本~2本廃車3本増備はあり得ると思います。とはいえ60000系も最終製造から5年くらい経過してるので、マイナーチェンジくらいはするでしょう。

次に、特急の純増。アーバンパークライナーが最近になって柏まで延長されたのでそれに伴う500系増備の可能性も考えられます。が、それに3編成必要かというとちょっと疑問ですが…

最後に、東上線の一部列車置き換え。地下鉄直通に造られたものの現在は東上線内完結運用に入っている9000系9101Fなんかはまもなく製造から40年が経過しようとしているにも関わらずリニューアル工事を受けておらず、老朽化が心配になってきます。とはいえあと2編成はどうするの?となりますし、東上線にたった3編成導入したところでむしろ扱う車種が増えてしまうことにもつながるので、この可能性はどうなんだろうか、とは思います。

 

その他、移動円滑化計画について

移動円滑化計画の1つとして他に気になったところと言えば、やはりホームドアでしょうか。2020年度はもう設置された北越谷の他に、北千住3階(日比谷線ホーム)、新越谷、志木1、2番線が設置対象となっているようです。

f:id:Kusasenbei:20200714223651j:plain

なんかもう懐かしくなってきた感じですが、これは複々線区間の内側線を走る10000系普通列車。結構お気に入りの1枚です。内側線運用そのものは残念ながらこの前のダイヤ改正で廃止されました…といことはどうでもよくてですね、

これは新越谷駅よりしゃがみ込んでのアングルで撮影した写真なのですが、こういった写真も今年中に撮れなくなってしまうようです。また今後、ホームドア工事の進捗により撮れなくなるアングルが出てくると思いますので、コチラも早めに記録しておいた方がよさそうです。

 

さいごに

ということで、移動円滑化計画に際し思ったことを書いてみました。最初に赤文字で書いたようにあくまで噂ですので、まったく大外れする可能性は十分に考えられると思うんですね。車齢上限界を迎えそうな車両も増えつつあるなか、これからお別れしなければならない車両もどんどん出てくると思います。鉄道ファンとして「乗っておけば…!撮っておけば…!」と後悔することのないように、積極的な乗車と日ごろからの記録を心掛けたいものです。もちろん、鉄道会社と利用者の皆様に迷惑をかけない範囲内で。

 

旅ブログもよろしくお願いします↓

くさせんべいの記事リンク集 - 煎餅の旅とご飯と日常の記録

引退を見据えて…東武350系きりふり号で日光まで完走する乗車記

f:id:Kusasenbei:20200628190700j:plain

こんにちは。くさせんべいです。私の地元駅からはるばる、浅草駅までやってきました。日付入れたのはキセルしてない証明。

※乗車記の流れの都合上、時系列を改ざんしています。

f:id:Kusasenbei:20200628193719j:plain

今回余計な運賃を払ってまでわざわざ浅草駅まで来たのは、特急車両350系に乗車するため。※正確には350ですが、東武関係でもかなり表記ゆれが多いため「系」を使います。

350系といえば、最近浅草ー宇都宮で走っていた350系使用の特急「しもつけ」が廃止になったことが記憶に新しい車両。現在は土休日運転の「きりふり」が残っています。

早速ホームへ

f:id:Kusasenbei:20200628195219j:plain

ホームには、丁度「きりふり82号」の運用を終えた列車が。この列車は春日部を9:16に発車し、北千住曳舟とうきょうスカイツリーと停まって浅草に9:52に到着する列車。土休日運転のきりふり号の1つで、平日に運転されてないことを鑑みるに送り込み運用かと思われます(都内お出かけ層も若干意識してるかも)

f:id:Kusasenbei:20200628200336j:plain

この列車は一度回送となり、とうきょうスカイツリー方面へと引き上げていきます。おそらくとうきょうスカイツリー駅すぐ近くの留置線に引き上げ、運用に向けた整備かと思われます。

f:id:Kusasenbei:20200628200945j:plain f:id:Kusasenbei:20200628201041j:plain←ココ

 

f:id:Kusasenbei:20200412231334j:plainf:id:Kusasenbei:20200412232222j:plain過去写真

この車両をざっくり説明すると、不朽の名車"東武8000系"をベースに造った急行型"東武1800系"(全面真っ赤でりょうもうやってたアイツ)を、現行の200系250系導入に際し改造して誕生した列車。このとき、6両編成が300系、4両編成が350系となりました。主に急行型として活躍していましたが、2006年の種別大改編により「急行」の種別を通勤型に奪われる譲り渡す形で特急に格上げされました。

6両の300系に関しては残念なことに数年前に廃車になっております。その後はしばらく動きがありませんでしたが、2020年6月のダイヤ改正で宇都宮発着のしもつけ号が廃止。残る定期運用は土休日運転のこの「きりふり号」のみとなりました。

このきりふり号ですが、いわば350系だからこの名前で、特殊な料金体系もこの列車のために残してる、と言える列車です。運行区間も浅草~春日部~東武日光と「けごん号」と丸カブリ。まあ要するに何が言いたいかと言うと、別に350系でなくても構わない列車、ということなのです。

今はまだ臨時特急や団体列車としてまだまだ使い道があります。ですが、2021年以降には100系(スペーシア)を置き換える新型特急の導入が控えており、それはすなわち100系の余剰が大量に出るということでもあります。元々急行型だったゆえに接客サービスは時代錯誤の感が否めずさらに種車の登場から30年を余裕で超えることを考えると、新車導入に伴って臨時・団体運用ともに100系に置き換えられることはほぼ間違いなしでしょう

※引退予測はあくまでいち鉄道ファンの予測であり、公式サイドからの発表が無以上違う動向をする可能性は十分考えられます。

 

f:id:Kusasenbei:20200628205911j:plain

ということで今回は、この先そう長くないであろう350系運用の列車「きりふり281号」に乗車します!

f:id:Kusasenbei:20200628230217j:plain

350系は3編成、そして今回乗る列車はラストナンバーの353F。写真に撮ってませんが、先ほどのきりふりも353Fで、休日運用全てがダイヤ上でも1編成で回せることがわかります。しもつけ定期運用時代ならともかく、現在3編成も必要かと言うとちょっと首をかしげます。延命のためと交互に運用に入るのか、はたまた維持費が無駄だからとか部品取りのためとかで1編成廃車となるのか。

f:id:Kusasenbei:20200628230239j:plain

特急型では今や珍しくなりつつある幕式の行先表示機。「しもつけ」「きりふり」、鬼怒川線方面の「ゆのさと」の他に、急行時代の幕も残っており、幕回しではその一部が見られます。急行幕列車はともかく、「ゆのさと」は廃止までにもう一度は運行してほしいところですが、はたして。

f:id:Kusasenbei:20200628231449j:plain

指定した4号車は、夜行時代に女性専用車として活躍する車両。ですが、尾瀬夜行・スノーパルともに500系に置き換わってしまい、さらに日光夜行も100系でしか運転しないのでもう不要のステッカーなのですが…

f:id:Kusasenbei:20200628231851j:plain

発車時刻も迫ってきているので、そろそろ乗ってしまいましょう。

f:id:Kusasenbei:20200628231901j:plain

f:id:Kusasenbei:20200628231915j:plain

f:id:Kusasenbei:20200629214652j:plain

f:id:Kusasenbei:20200628232139j:plain

4号車12番D席を予約。といってもガラガラだったので、発車30~40分くらい前でも余裕で予約できました。特急料金は1050円。東武では土休日特急料金を採用しており、本来の土休日料金なら1470円、平日だと1360円。きりふり号だと料金が高くなる土休日において420円も安くなり、かなりお得。まあ相応の対価がありますが。

 

時間になると発車メロディー「Passenger」*1が流れ、まもなく発車します。この発車メロディーを聞くと、これから旅に出るんだ…!という感じのワクワク感を感じます。

 日光に向け、いざ発車!

 

きりふり281号 運行ダイヤ

浅草          10:38

とうきょうスカイツリー 10:42

北千住         10:51

春日部         11:11/11:12

栃木          11:51/11:52

新栃木         11:55

新鹿沼         12:10

下今市         12:30/12:31

東武日光        12:39

区間所要時間 2時間1分

 

f:id:Kusasenbei:20200629214752j:plain

列車はすぐにとうきょうスカイツリー駅へ。

とりあえず複々線区間に入る前に、車内散策をさっと終わらしておきましょう。

f:id:Kusasenbei:20200629215004j:plain

さて、さんざん「時代錯誤の接客サービス」とか「(特急料金の安い)相応の対価」とか書きましたが、その理由の大半がここに詰まっています。座席の手すりをよ~く見てみると、特急型にはあってしかるべきモノがありません。…そう、リクライニングレバーです。

1800系製造時に「急行用だから」…と言う理由なのかコスト面の理由かはわかりませんが、特急に準ずる急行型としてリクライニングしない回転クロスシートを設置。当時は特急はまさしく「特別な」急行であったから格差があったのは別に問題なかったのですが…350系への改造時に(1720系の廃車発生品に交換しときゃよかったものを)交換することなくまるっと流用し、そして2006年に種別大改編を行ったために「リクライニングシートですらない特別急行」なるトンデモ列車が生まれてしまいました。

さすがにこの設備で急行料金を取るのはまずいと上の人も考えたのか、きりふり・しもつけ・ゆのさと用の安めの特急料金が設定されています。これがきりふり号が安い理由。

f:id:Kusasenbei:20200629224147j:plain

最前列には上げ下げできるテーブル。写真はありませんが、普通の座席にも背面テーブルがついています。どういうわけか90年台に造った100系と200系からは「おひとり様利用」の考え方が抜け落ちているようで、現行の100系スペーシアけごん(きぬ)・200系りょうもう共に横から持ち上げるテーブル(上写真の座席間に見えるヤツ)しかありません。そんなワケで、500系が登場するまでは300系350系が背面テーブルのある数少ない列車でした。ひっでぇ二択だ

立てるテーブルはボックス席にしたときに活躍するのですが…今は座席横に格納する小型テーブルがついた座席も他社を中心に採用されているので、今後むしろ立てるテーブルは邪魔になりかねないですね…

f:id:Kusasenbei:20200629214918j:plain

後ろの方の座席は開いていたので…一番後ろの座席は戸袋となっており、駅に停車するたび扉が動くのを見せられることになります。「座席裏のスペースを荷物置きに使えるから…」と言いたいところですが、今回はどう見ても他人の特大荷物が後ろに挟まっておりました。最後尾席予約者カワイソス(´・ω・`)

f:id:Kusasenbei:20200629222937j:plain

f:id:Kusasenbei:20200629223016j:plain

デッキ部は白色が基本のやや無機質な感じですが、国鉄キハのようにステンレスむき出しでないのでそんなに暗い感じはしません。乗務員室含め運転台方面には窓というものが一切なく、前面展望・後方展望は見れません。最もこれは100系500系ともにそうですがね。

f:id:Kusasenbei:20200629225529j:plain

いかにもシンプルさを突き詰めた感じの車内ですが、車内は明るく狭苦しい雰囲気は感じません。

f:id:Kusasenbei:20200629225843j:plain

デッキと客室を隔てるドアにはオレンジの色付きガラス窓が付いてます。色付きガラス採用って、かなり珍しいんじゃないでしょうか??

f:id:Kusasenbei:20200629230247j:plain

3-4号車間デッキにはお手洗いと自販機。この他に、1-2号車間デッキにもう1ヵ所、つまり何故か2ヵ所も自販機が設置されてます。この列車4両編成ですよ??

f:id:Kusasenbei:20200629235111j:plain

あったかいのは飲めないようで

f:id:Kusasenbei:20200629234549j:plain

↑時代錯誤サービスその2。見栄えよくないので小さめ画像で。いまだに和式のお手洗いで、しかも手洗い場所も足でレバーを押して水を出すタイプ。JR185系にあるような独立した手洗い場というのすらなければ、バリアフリーでもないという。

f:id:Kusasenbei:20200629234613j:plain

3号車デッキは広めで、そこになにやら不自然な台が。公衆電話が置いてあった…と推測しますけど、デッキで声駄々洩れだということを考えると違う可能性も?

f:id:Kusasenbei:20200629235201j:plain

確か2号車デッキ。ここは広めに造られています。

他の号車の客室は4号車と比べそんなに大差が無かったので、省略ぅ。

f:id:Kusasenbei:20200630000607j:plain

そうこうしている間に北千住到着。下り列車は一般ホームを通過し日光側に設けられた特急のりばへと滑り込みます。

f:id:Kusasenbei:20200630000714j:plain

北千住から特急乗る用事というのが全く無いせいで、いまだに北千住特急のりばは使ったことがありません。

発車メロディーを即切りし、列車は複々線区間

f:id:Kusasenbei:20200630001243j:plain

いくら古い車両といえど、特急列車。線形のいい複々線区間をフルスピードで爆走します。「古いから遅い」なんてこともなく、気持ちよくぶっ飛ばしていきます。そもそも古い=遅いというのは、低速が当たり前だったツリカケから新性能電車に移行する時代の話です。

350系と70000系、相当な年の差の電車がこう並んで走るというのはなかなか不思議なもの。

f:id:Kusasenbei:20200630002041j:plain

f:id:Kusasenbei:20200630002152j:plain

あっという間に北越谷を通過し列車は再び複線区間へ。なお列車の快走は止まらず、停車駅の春日部へ。春日部は距離的に常磐線でいう柏的な存在ですが、この先水戸とかいわきレベルの大型都市が無い点では違います。ここでわずかに客を乗せ、列車は日光方面へ。


このあたりから後ろからズルズル…という音が聞こえてきました。誰ですか車内でラーメン食べてる人は!(; ・`д・´)ラーメン食いたくなるやろ!

日光にお昼ごろ到着するダイヤということで、ラーメンに限らず車内に駅弁だの牛丼だの持ち込んで食べている人が結構おりました(牛丼チェーンの牛丼を持ち込んで食べている人がマジでいた。ちなみに中身チー牛ではなかった)。私も駅弁持ち込めばよかったか?と思うも後のまつり。

というか乗客の皆さんフリーダムすぎませんか???

 

列車は春日部を超えると車窓には住宅街に混じって田園風景が見られるように。

東武動物公園駅を低速で通過し、列車は日光線へと入っていきます。

 

f:id:Kusasenbei:20200412223924j:plain

ところでこれ前に撮った写真でして、このとき南栗橋にて運転停車していたんですよね。どうして南栗橋運転停車していたのかは分からないですけど、せっかくなので運転停車の様子も撮ってみましょうkn

 

350系「ぶおぉ~ん!」(加速)

    「ブワ~!」(南栗橋爆速通過)

私「嘘ぉぉぉん?!」

 

すっ飛ばしやがりましたよコイツ。いやわざわざ停まる必要性もないんですけどね。だとするとなんであのときは停まったんでしょう??

 

f:id:Kusasenbei:20200630003649j:plain

南栗橋を過ぎると、本格的に田園風景が広がるように。JRとの乗り換え駅栗橋は当然通過、右カーブで堤防に侵入すると利根川橋梁をガタンガタンと音を立てて通過、お情け程度に1往復分の列車が停まる板倉東洋大前も無慈悲に通過、列車はひたすら北へ向かいます。

f:id:Kusasenbei:20200630005312j:plain

渡良瀬川橋梁を通過します。

f:id:Kusasenbei:20200630005909j:plain

その後、普通列車の退避があるわけでもない新大平下を軽く通過し、高架を駆け上がると栃木駅に到着です。2面3線なので列車追い抜きができる…かと思いきや、中線は上り列車が折り返す以外に能のない駅です。

f:id:Kusasenbei:20200630230141j:plain

今度は逆に高架を下ると、新栃木駅へ。宇都宮線との乗り換え駅ですが、宇都宮線の列車は僅か5分前に発車済み。土休日臨だからね仕方ないね

朝夕にここを発着する特急が何本か設定されているものの、このうち東武日光側に抜けるのはきりふり号のみ。もしきりふり廃止となった場合、日中の新栃木停車列車は消滅してしまうのでしょうか?

f:id:Kusasenbei:20200630231142j:plain

新栃木~下今市間では数少ない特急退避可能駅、東武金崎を通過。

f:id:Kusasenbei:20200630231207j:plain

思川を通過。

f:id:Kusasenbei:20200630231330j:plain

新鹿沼に停車。前に乗ったときは気付かなかったんですけど、特急が停まるだけあって結構大きな駅なんですね。

f:id:Kusasenbei:20200630231401j:plain

新鹿沼を過ぎると、列車は山間に突入。栃木周辺から…正確には静和辺りから進行方向左側には山が見えていましたが、ここに来てようやく山間です。

終点までは残すところ30分を切っており、ここまで来たんだなぁという感じがします。

f:id:Kusasenbei:20200701003805j:plain

ここまで平地を走ってきましたが、ここに来て一気に勾配区間へ。列車内からでもわかるくらい車体を後方に傾けながら、列車は力強く登ります。

f:id:Kusasenbei:20200701010208j:plain

f:id:Kusasenbei:20200701010216j:plain

明神を過ぎると、東武線内唯一の山岳トンネルへ。…といいつつも、実質的には国道121号の立体交差。日光線は堀を掘ってそこに線路を通す形を採用しており、道路があったからここだけは仕方なくトンネルにした感じで、距離は短く一瞬で走り抜けてしまいます。

f:id:Kusasenbei:20200701102636j:plain

f:id:Kusasenbei:20200701102710j:plain

SL車庫が見えるとそこは下今市駅

かつて特急が「特別急行」であった時代、ここ下今市駅は唯一の途中停車駅だったそう。確認する限り、100系登場当初の90年台にはこのかなり飛ばす停車パターンだったことが確認できましたが、現在は原則とうきょうスカイツリー・北千住・春日部・栃木・新鹿沼下今市という途中停車パターンに変更されています。ちなみに複々線のおかげか所要時間は5分程度しか変わっていません。

f:id:Kusasenbei:20200702224658j:plain

鬼怒川線との列車と接続を行い、鬼怒川線と分かれていきます。

f:id:Kusasenbei:20200702224717j:plain

勾配を力強く登り、左手にJR日光駅が見えると間もなく東武日光

f:id:Kusasenbei:20200702225026j:plain

2時間の旅でしたが、30分単位で案外目まぐるしく景色が変化していくのもありあっという間という感じでした。

f:id:Kusasenbei:20200702225041j:plain

東武日光駅はY字に線路が分かれており、特急は進行方向右側の線路2本のどちらかに入ります。

f:id:Kusasenbei:20200702225120j:plain

停まる寸前、こんなものも。おそらくJR日光線の過走対策用の線路でしょうか、が見えていました。

f:id:Kusasenbei:20200702225557j:plain

f:id:Kusasenbei:20200702225616j:plain

f:id:Kusasenbei:20200702225709j:plain

そして列車は終点東武日光に到着。その小さな旅はもう終わっちゃったのか、と思うとなんだかしんみりしてきます。

f:id:Kusasenbei:20200702225748j:plain

せっかくなので列車の写真でも…って結構人多いな!

定期特急がまだ空いているにも関わらずこの列車に乗ってきた…すなわちマニアの人が結構いたということでしょう。入れ替わり立ち代わりで様々な人が列車の写真を撮りに後方までやってきていました。中に女性が混じっていたのが珍しいです。

引退の香り(?)を嗅ぎつけてやってきたのかな?ととも思いましたが、真相ははたして。

f:id:Kusasenbei:20200702230326j:plain

f:id:Kusasenbei:20200702230345j:plain

前面までやってきました。もうすでにテールランプをつけています。

f:id:Kusasenbei:20200702230814j:plain

f:id:Kusasenbei:20200702230800j:plain

続行でリバティけごんが到着。浅草発時点では22分差でしたが、東武日光到着時には12分差にまで詰められています。この列車はリバティけごん17号。下今市までリバティ会津117号を併結します。

f:id:Kusasenbei:20200702231125j:plain

ということで350系きりふり号、浅草→東武日光を完走してきました。この後の行動はさておき、帰りは6050系区間急行で帰宅しました。いくら350系はリクライニングしないといえど、急行型。6050系と比べるとさすがに快適さは上です。とはいえリクライニングしない座席、和式お手洗いとなると接客サービスとしては時代錯誤、そして現代の特急と言い切るには外装デザインがかっこよくないというのも致命的(※愛嬌はあると思いますし好きな人は好きだと思います)。車内サービスは改善すれば使えなくもないですが、車内デザインもやや陳腐化していることとそもそも老朽化していることを考えればもう廃車は間近でしょうね。350系自体、もう何度か故障を起こしてしまっているようです…

予備車のことを考えれば、しばらくは350系は使われることでしょう。ただ冒頭で述べた通りもう平日の定期運用を失っていて、しかもきりふり号だって他特急で代替可能な列車であることを考えるともう先は長くないと思われます。というか下手したら"部品取り"の名目での廃車が出かねません

公式サイドから正式に引退が決定すれば、他地方からの鉄道ファンもおそらくは乗りにくることは間違いないでしょう。そして東武特急は全車指定席。もしも350系に乗りたい!という方は公式サイドからの発表がないうちに乗りに行くことを強く勧めます

おそらくタイムリミットは新型特急のデビュー、および100系の余剰が出るタイミング。すなわち来年か再来年までだと思われます。

記録・乗車はお早めに!!

 

 

オマケ

f:id:Kusasenbei:20200702233357j:plain

廃止になった日光軌道の列車がここ東武日光駅前に移されていたので、せっかくなので写真を。通常時には中に入れません。

当時の床下機器までじっくり見られるので、機械マニアにはたまらない保存車両だと思います。

ところでコレ結構貴重な車両だと思うんですけど、こんなところに屋根も着けずに置いて大丈夫なんでしょうか…?流石に清掃保守管理はすると思いますが。

 

f:id:Kusasenbei:20200702233946j:plain

ちなみにその後、少し時間あったので乗り鉄して温泉入ってきましたが、その様子は気がノったら書きます。ただでさえ書き貯めが多いので、書かないかもしくは書いても遅くなるかもしれませんが…

 

旅ブログもよろしくお願いします↓

くさせんべいの記事リンク集

*1:そういう名前らしいメロディー。直訳すると「乗客」

速報!THライナー2号ファーストラン乗車レポ


f:id:Kusasenbei:20200606082833j:image

おはようございます。くさせんべいです。

6月6日、本日のダイヤ改正をもちまして、悲願の「THライナー」が運行開始されはじめました!

現地レポートと題して、乗ったときの様子と感想を簡単にレポートしたいと思います。

 


f:id:Kusasenbei:20200606083526j:image

8時頃、久喜駅。列車はこの時間は使われないらしい3番線に入線。ホーム先端にはファンが多数いました。

f:id:Kusasenbei:20200606083452j:image

扉はどうやら各車両久喜館林側の1ドアのみが開くようです。

70094Fが充当されました。

 


f:id:Kusasenbei:20200606084247j:imagef:id:Kusasenbei:20200606084316j:imagef:id:Kusasenbei:20200606084335j:image

座席はリクライニングなし。やや固めのシートで角度もそんなにゆるくないですが、ライナーとなると案外快適です。座席枕カバー?、荷物フック、ドリンクホルダー、あとコンセントがありました。左右肘掛けは固定、座席間は上下にできます。また座席は特急と同様、足元のペダルを踏むと回転できます。ただし回転時のシートピッチの狭さは絶望的なので注意です。

窓際は足が伸ばせないので伸ばしたい人は通路側またはロングシート区画を指定した方がいいです。

コンセントは前のもの以外に、座席によっては足元にもありましたが、間抜けな私はコンセントに差すプラグを忘れました…

座席棚があるので、背の高い人は要注意です。

 

列車は警笛を鳴らして出発。その後も、東武線内では出発の度警笛を鳴らしていました。そんなにファンが密密密になって危ないわけじゃなかったので、おそらくサービスホーンかと思われます。

先頭のかぶり付き区画は人がいっぱいいました。


f:id:Kusasenbei:20200606084645j:image

走行中ですが、速達性は非常に高く、特急並みにガンガン飛ばしてました。北春日部で各駅停車を、草加で急行だか準急だかを追い越しました。

せんげん台では接続無し、南越谷では各停の接続を受けました。

 

列車は西新井ー梅島の区間で内側線に転線。速度制限が厳しめのようで、西新井を通過するまでには大幅に減速していました。転線は結構ゆっくりめ。

内側線に入ると、各駅停車の間をぬって走るためかずいぶんとゆっくりに。北千住直前の分岐器通過もゆっくりでした。最前方には全面展望を撮りたいファンが集まっていました…

 

北千住では7番線でなく、普段折り返し列車が止まる6番線に到着。予想通り運転停車しました。7番線には各駅停車が止まっていて、こっちが停車すると各停は直ぐに発車。以後、各駅停車に続行する形となり、列車はノロノロ走行に。「東武線内での速達性を保証する」というのがこの列車の趣旨のようでした。

北千住駅での運転停車にあたってのアナウンスは皆無。車掌による「乗務員交代のための停車」という案内はあってもよさそうです。



日比谷線内では各停の追い越しもないようなので必然的に低速運転。ただ霞ヶ関まであの急発進急ブレーキが無いので乗り心地は良いです。


f:id:Kusasenbei:20200606094010j:imagef:id:Kusasenbei:20200606093940j:imagef:id:Kusasenbei:20200606094051j:image

霞ヶ関からは各停に、ドアも全てのドアが開くようになり、日比谷線特有の急発進急ブレーキもこの駅からは行われます。新駅虎ノ門ヒルズ駅にはたくさんのファンがいました。

 

各停区間では少し戸惑いを見せる人もいましたが、そんなに混乱は起こらなかったようです。

終点恵比寿でファンが狭い区間に集まり、注意が頻繁にとんでいたのが最後の最後でちょっと残念だったところでしょうか。

 

まとめ

  • 東武線内は速達性が特急並みと非常に高い
  • 外側線→内側線の転線はゆっくり
  • 転線後および日比谷線霞ヶ関までは低速
  • 北千住で運転停車
  • 霞ヶ関より普段の各停と同じ走りになる
  • リクライニングしない点をのぞけば、かなり快適
  • ファーストランは比較的平和に終わる

新田駅にあった不思議な案内と時代の跡

f:id:Kusasenbei:20200525165256j:plain

こんにちは。くさせんべいです。

本日、緊急事態宣言がようやく解除され、伝染病の猛威も少しづつ鳴りを潜めるようになってきました。とはいえまだ油断できそうにはないので電車での移動はここ数週間は控えつつ、趣味の方も密を避ける形で楽しんでいくことにします。
この状況なら夏に一旦収束、冬になってまた猛威を振るう…という流れでしょうか。

 

さてこの外出自粛期間ですが、ちょっと欲求不満が結構きついレベルになりつつあったので密を避けつつ駅撮りをしてきました(無論マスク着用)。

電車では3つの密…は全て満たさなくとも密集、密接の条件を満たしてしまう可能性があったので、高架に並走しながらチャリンコを走らせること数十分、埼玉県南東に位置する蒲生駅新田駅に行きました。入場券買ってそそくさ入場。

f:id:Kusasenbei:20200525170720j:plain
↑カンケーないけど綾瀬川にぷっかぷっか浮かんでた謎の鳥共。

わざわざ急行が停まる越谷等各駅でなく各停駅まで来た理由は複々線を高速通過する列車が撮りたかったからですが、ここで撮った写真は後々に貼り付けておくことにします。

駅撮影中、駅設備を見ていてふとこんなものに気づきました。

f:id:Kusasenbei:20200525171211j:plain

おそらくと言うか、停車位置目標…?的なものです。

f:id:Kusasenbei:20200525171421j:plain

ホーム後ろ側、停車時に車掌の乗務する乗務員室の付近にあり、停車時にこのマークを指差し確認しています。おそらくは車掌が、列車が正確な位置に停車したことを確認するためのステッカーでしょう。

「小8」は20000系・03系18m級車両8両編成のこと。20000系撤退に伴い日比谷線直通は20m級7両編成に統一され、全く不要の代物と化しました。その時点では代走…という可能性が無きにしも非ずでしたが、次いで北越谷駅のホームドア設置が決まったことで20000系が来る可能性は0%となりました。

f:id:Kusasenbei:20200525172309j:plain

定期運用の消滅した小8以外にも、定期運用のある7両用・6両用も存在します。

ちなみに18m用の乗車位置案内ははがされていました。

f:id:Kusasenbei:20200525172534j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525172552j:plain

こんな感じで上部にも停車位置目標があります。

 

さて、引退した車両関連は一旦置いておきます。私が気になってるのはむしろこっち。

f:id:Kusasenbei:20200525172902j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525172922j:plain

20m級8両編成の各駅停車なんてあったっけ?

…いくら10000系の各駅線運用に何度も乗車した地元住民であるとはいえ、その全列車が6両編成で運転されているかなんて知らないのでもしかしたら8両での運用もあるのかもしれません。ですが私が今までに遭遇した浅草発着の各駅停車は全て6両編成でした。

もしかしたら代走やダイヤ乱れ時用かもしれませんし、過去に定期運用があっただけかもしれませんし、そもそも日比谷線直通用に小8用ホームを確保したついでに20m対応にしただけかもしれません。まあそんなのはさておき、複々線の各駅は20m級8両編成に対応してるようです。点字ブロックもおあつらえ向きに8両編成分だけ確保されています。ちなみにホーム長さだけなら9両もギリギリいけると思います。

これがホームドア設置でどう変わるのか…7両まで対応なのか8両まで対応させるのかは不明ですが、事実として8両停目は現在ではあんまり使われていないことになります。今後この駅にもホームドアが設置されるので、要観察ポイント。

f:id:Kusasenbei:20200413212244j:plain

まあ実際こんな感じで急行線を走れない区間急行が緩行線に突っ込んでくることもあるので(※相当なレアケース)、非常用にもホームドアは8両対応になると予想。隅っこのホームドア錆びないよね?

f:id:Kusasenbei:20200525174954j:plain

とりあえず、停目を縦写真で。

 

 

f:id:Kusasenbei:20200525175119j:plain

そしてもう一つ気になるのはコレ。

…え?女性専用車が気になるのかって?馬鹿言わないでください。後ろのやつです。

f:id:Kusasenbei:20200525175258j:plain

コレです。何てことない案内に思えますが、この1文に時代を思わせる文章が隠れています。

何かっていうと、『4両と6両編成』のところ。

現在、スカイツリーラインでの4両編成各駅停車の運用はありません

…いや、私も全ての運用を把握しているわけではないので断定はできませんが、空いてることも少なくない日中の北千住ー浅草での運用が6両編成である以上、4両編成による定期運用がある可能性はかなり低いです。

6両編成の電車はあるので、おそらく書き換え・部分隠し共に面倒ということでこのまま放っておいているのでしょうが、ともかくこんなところで時代を感じさせるモノがありました。

 

新田駅が高架化されたのは複々線工事真っただ中の1985年。複々線工事を進める中で綾瀬川直前まで一旦高架化され暫定的に複線として運用していました。その当時より前から輸送の抜本的なテコ入れが始まっていたので輸送力貧弱な4両編成での運用があったかは不明ですが、少なくとも東武は4両編成の電車の運用を想定してあの案内を作ったのであろうことは間違いないです。

f:id:Kusasenbei:20200525181938j:plain

ということで撮影時にちょっと気になったポイントを書いてみました。

あとは新田&蒲生で撮影したやつテキトーに貼り付けておきます。

無断利用はしないでね。

 

f:id:Kusasenbei:20200525182151j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182247j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182454j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182557j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182329j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182512j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182633j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182746j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182800j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182814j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182921j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525182949j:plain

f:id:Kusasenbei:20200525183649j:plain

例の廃止寸前の太田行も撮っていました。とはいえこればっかりは動画からの切り抜きなんですけどね。

やっぱ10000系はかっこいい((((

 

あ、そうそう、この太田行撮ったときなんですが、ある鉄ヲタはギリギリで来てこの列車を撮った後間髪入れずに(=改札に行って戻ってこれるだけの時間を挟まずに)逆方向の電車に乗って戻っていきました。この区間をフリー乗降できるフリー切符はありませんので、多分キセルしてますねぇあいつ…。

いくらバレないとかおこずかい()が無いとか言っても、絶対キセルはしないように。鉄道会社を応援してるならなおさら。

 

うーん、自宅から新田までの往復はさすがにメンドイ。

古い電車も使う東武鉄道が「譲渡」した列車は?調べてみる(随時更新)

こんにちは。くさせんべいです。

とりあえず長い前置きがあるので、興味ない方はかるーく 読み飛ばしてください。

 

鉄道車両というものは結構寿命が長く、自家用車は20年、30年も経つと骨董品となり始めるのに対し、鉄道車両は30年は当たり前のように使われる…というのはご存じの方も多いと思います。でも時代と共に車両のデザインもどんどん進化していくので、そうしたデザインが陳腐化した車両や古くなった列車は、稼げる黒字路線から撤退させ地方の赤字路線用に改造する…というのが鉄道会社の常套で、こと大手私鉄では「地方私鉄・地方第三セクター鉄道会社に譲渡」という手段をとるケースが多くなっています*1

が、そうやって古い車両を他社送りにする多くの大手私鉄とは対照的に、「古い車両を頑なに(?)使い続け、他社に譲渡することがほとんどない」鉄道会社があります。まあ、東武鉄道のことです。

f:id:Kusasenbei:20200413165602j:plain主撮影 東武顔の8111F

f:id:Kusasenbei:20200412232827j:plain主撮影

例えば東武を語るうえで欠かせない名車中の名車に「東武8000系」というものがあります(上写真)。この電車は、現在走らせているものの多くは'70年台、'80年台に造られたものなのですが、8000系そのものは'60年台、1963年から造られています。すなわち、8000系の基礎設計、ルーツは半世紀以上前まで遡るのです(流石に現存車で50年超えはほとんどないですが)。

その他にも(大手私鉄の旅客列車としては)前時代な的吊り掛け駆動の電車を車体だけ載せ替えてあろうことか21世紀初期まで使ったり、最近だと20000系を日光・宇都宮線用に改造してこれからも使い倒す気満々だったりと、何かと東武鉄道は古い車両を使い続けることに定評があります。当然、「時代遅れで保守的」と認識されたり、迷列車界隈では「古い車両を末永く使いましょう計画」とネタにされたりも。

新型車両の導入は現代に至るまで絶え間なく行われているので、「古い電車しかない」ということは決してない(※ここ大事)のですが、なにせ置き換えなければならない列車が多すぎるうえに自社の地方路線も多く抱えているので、「黒字通勤路線に新車を入れる→置き換えた列車を地方路線に持っていってさらに古い車両を廃車にする」というサイクルが自社線内で完結してしまっており、ゆえに地方私鉄に譲渡することが非常に少なくなっています。

 

となると「じゃあそんな東武鉄道が地方譲渡した例は何か無いの?」と気になってしまうのがファンというもの。例は少ないものの、東武鉄道にも地方譲渡例はあります。ということで今回は、その数少ない例を調べてみました。

 

<注意>

  • 調査不足の可能性が十分考えられます。判明し次第随時更新します
  • 表記のないソース(情報源)はWikipediaなどからのものです。また、事情によりソースが貼れないケースがあります。
  • 分かる限り現存しない列車も載せます。時代は問いません。
  • ソースがソースなだけに、情報が間違っている可能性があります。気になる方は各自で信頼あるサイト・書籍をご確認ください。

 

 

編成単位・現存車両

東武6050系野岩鉄道6050系会津鉄道6050系

f:id:Kusasenbei:20200412221814j:plain主撮影

かつての快速用6000系を更新したグループと完全新造車が存在する東武6050系*2野岩鉄道が開業したときと会津鉄道会津田島まで電化されたときにそれぞれ6050系が導入されましたが、そのとき「譲渡」という形を採ったので、ここでも「譲渡車」として扱います。

ただし実際は「相互直通運転をするにあたり車両使用料をやりとりするのは不都合だから同系列車両を用意して保有させ、使用料の打ち消しを図った」というだけのものであり、現在も平然と東武線内を走っているので、これを「譲渡車」として扱うべきかはかなり怪しいところではあります。そもそもこの車両は野岩会津両社に保有させるために造ったので、東武の車籍上では1年で廃車ということになっています。

ちなみに、内装は東武保有6050系と全く同じですが、譲渡車かどうかを見分けるのは簡単で、車両中央にある車番が"6162"のような4桁ではなく"61102"のように5桁になっています。また、野岩鉄道車は100番台で3本のみ、会津鉄道車は200番台で1本のみなので、見れたら結構ラッキーだったりします。

ちなみに、現存かつ編成単位で譲渡された旅客列車としては唯一ですこの辺りに東武の地方譲渡の少なさが伺い知れる。

 

東武での活躍…日光線快速(廃止)

※現在でも南栗橋ー新栃木の一部各駅停車、南栗橋東武日光の急行/区間急行、新栃木以北の全普通列車鬼怒川線にて活躍中。また、かつては快速列車として浅草まで乗り入れていました。宇都宮線運用があったかは不明。

 

野岩鉄道譲渡車

61101F(1985年製造、同年譲渡)

61102F(1986年製造、同年譲渡)

61103F(1988年製造、同年譲渡)

会津鉄道譲渡車

61201F(1990年製造、同年譲渡)

いずれも東武鉄道線・会津鬼怒川線(野岩鉄道)・会津鉄道線(会津鉄道会津田島以南のみ)で活躍中

 

 

東武ED5080形→三岐鉄道ED5081形

現在では貨物輸送を全く行っていない東武鉄道ですが、2003年と大手私鉄としては結構近年まで貨物輸送を行っていました。そして残念なことに、私がほとんど全く語れないジャンルでもあります。

Wikipediaからの引用で、

"ED5080形は1970年1月、成田空港建設用の砕石を輸送するために、新東京国際空港公団(現・成田国際空港株式会社所有私有機関車として東芝で3両(ED5081 - ED5083)が製造された。"

"1978年11月に空港完成に伴い、3両全てが東武鉄道編入された。2003年の貨物運用廃止までED5060形とともに使用された。"

とのことです。

2003年に貨物輸送を終了するとともに、5081形として三岐鉄道へとやってきたようで、現在はセメントを中心とした貨物輸送(富田ー東藤原)で活躍してるようです。

ちなみに三岐鉄道というのは名古屋の西、三重県に存在する鉄道会社で、貨物が走ってない方の北勢線は日本でも有数の"ナローゲージ"(幅が狭い線路)を採用してることで有名だったりします。

Wikipediaには、現在東上線の地上車及び半蔵門線直通の予備車として活躍する30000系を引っ張ってる写真がありました。甲種輸送としての牽引のようです。

 

東武での活躍…佐野線など

ED5081→ED5081形5081(1970年製造、1987年東武に譲渡、2003年三岐鉄道に譲渡)

ED5082→ED5081形5082(同上)

三岐鉄道三岐線で貨物牽引機関車として活躍中

 

 

東武ED5060形→三岐鉄道ED45形

f:id:Kusasenbei:20200516161744p:plainWikipedia

Wikipediaより、

"本形式は、1960年 - 1966年東芝で13両(ED5061 - ED5073)が製造された。これにより、当時在籍していた蒸気機関車は全て廃車になった。"

"主に伊勢崎線佐野線小泉線桐生線日光線会沢線大叶線等で使用されていた"

とのことです。世代的には1720系DRC、8000系初期車と同世代となるようです。そして、晩年まで残っていた蒸気機関車を置き換えた立役者でもあるようです。

 

三岐鉄道用への改造の際、6080型と違ってもとの車番に準じた番号を付けるのではなく、ED45形のグループとして編入されたようです。

現在では6080形とともに三岐線で活躍しているようです。

 

東武での活躍…上記

ED5070→三岐鉄道ED45系459(製造年未調査、1992年三岐鉄道に売却、2000年より運用開始)

三岐線で貨物牽引機関車として活躍中。

ED5069も譲渡されましたが、運用されず部品取り車として廃車になったそうです

 

 

部品単位での譲渡(現役)

東武2000系伊予鉄道610系・700系(一部)

f:id:Kusasenbei:20200516165409p:plain東武2000系Wikipediaより

日比谷線が開業するとともに東武側から乗り入れるために1961年から造られたのがこの東武2000系で、つい先日撤退したのが記憶に新しい20000系の前身車両です。東武鉄道の通勤電車初の新性能電車で、全車電動車、1993年に完全廃車されるまで全列車が非冷房でした。

一応この電車も運が良ければ東武線内で数年くらい前まで使われたのでしょうが、残念なことに全車電動車前提の設計だったこと、車体の構造から冷房化が出来なかったことなどが災いし、自社線内転属も地方譲渡も無いまま全列車が廃車となってしまいました。え?2080系?

 

f:id:Kusasenbei:20200516173101p:plain

伊予鉄道610系(Wikipediaより)。車体は20000系に準ずる(らしい)。

そんな2000系ですが、その台車FS340が狭軌1067mm用として注目されたのか、伊予鉄道の610系、700系の一部編成の台車として活躍しています。伊予鉄700系は京王(軌間1370mm)の電車なので、狭軌1067mmの伊予鉄にはそのまま転用できない事情があったようです。

先述の通り2000系は現存車が存在していないので、これらの台車が確認する限りでの2000系の最後の活躍であると考えられます。

f:id:Kusasenbei:20200516173305p:plain伊予鉄700系・Wikipediaより

ちなみに伊予鉄道というのは愛媛県松山市を中心に路線を展開する鉄道会社で、路面電車である市内電車と郊外電車があります。伊予鉄610系700系は郊外電車です。

有名所だと市内電車の「坊っちゃん列車」と道後温泉でしょうか。乗りに行きたいなぁ…

 

東武での活躍…日比谷線直通各駅停車

対象部品…台車(住友金属工業製FS340)

対象車…

610系

全列車(611F・612F)

700系

710F(クハ760-モハ710-モハ720)

716F(モハ726のみ)

717F(モハ727のみ)

711F(モハ721廃車済み)

713F(モハ723・廃車済み)

郊外電車(郡中線など)で活躍中。

※形式の付け方がイマイチわかっていないため、間違っている可能性があります

 

参考資料↓

伊予鉄道700系電車 編成表 | レイルラボ(RailLab)

伊予鉄道610系電車 編成表 | レイルラボ(RailLab)

Wikipedia

 

 

東武8000系小湊鉄道200系204

f:id:Kusasenbei:20200516181339j:plain主撮影

現在でも活躍中の東武8000系。現在では全盛期の1/3くらいまで数を減らしているのですが、その部品の一部…正確には通風機(ベンチレーター)が小湊鉄道のキハ200系204のベンチレーターとして使われているようです。

f:id:Kusasenbei:20200516181919p:plainWikipedia

ソースを貼りたかったんですが、情報源であった小湊鉄道公式Twitterが中の人クビ炎上を起こして過去ツイートを道連れに消えてしまったので残念ながら貼れませんでした。

本来の四角のものでなく、三角のものである…という話だったかと思われます。残念ながら、8000系を上部から撮影した写真はありませんでした。

 

対象部品…通風機/ベンチレーター(どの編成のものかは不明)

対象車 …キハ200系204

 

東武3000系→上信電鉄デハ200系204・205

f:id:Kusasenbei:20200516233513p:plainWikipedia

当時、8000系を皮切りに3000系や5000系などにも広がり、一躍東武の印象をつくった「東武顔」(冒頭の8111Fのあの形状)。そんな東武顔の列車のうち、東武3000系の廃車に伴って生じた部品を使って改造が行われたのがこの200系のデハ204・デハ205。もともと200系として存在していたのが両運転台車に改造されているようです。東武3000系の闇は後々書くとして、レトロにもほどがある走行機器…の上に乗っかってる車体の部品は、比較的新しかったので流用ができたようです。

方向幕の位置から、その列車は8000系よりも6000系(6050系に更新され全滅済み)の顔に近いものとなっています。

 

対象部品…前面窓ガラスなど(運転台等が流用されているかは未調査)

対象車 …上信電鉄200系デハ204・205

 

編成単位での譲渡(廃車済み)

東武3000系/3050系→上毛電鉄300系/350系

f:id:Kusasenbei:20200516184449p:plainWikipediaより 東武線内の姿

東武鉄道の「古い電車をとことん使う」スタイルをこれまたとことん突き詰めちゃった感じのする列車で、これらのグループ電車自体は21世紀迎えるギリギリ(東武線内では1996年)まで使われましたが、この電車はなんと戦前型の電車の走行機器を流用しています。この電車の製造(というより車体更新)は'60年台中期~'70年台初期に行われ、当時の最新鋭車両8000系に準じた車体に載せ替えられることになりました。

 

3000系列には3000系、3050系、3070系が存在し、そのうち3000系が1986年より上毛電鉄300系、3050系が1995年より350系として導入されました。ただある人の解説動画(後述)でも『「東武鉄道が」「老朽化のために」廃車した車両ということで、状態の悪さはお墨付き』と解説されているように、譲渡時点で最低でも40年以上…いや、3000系だと旧型車の32系が大体1928年くらいの時期に造られたようなので、50年以上使っている計算になりますね。ともかく、そんな「なんでこの時代にもなって(動態保存でもないのに)こんなの使ってるの?」と言いたくなっちゃうようなとことん古い電車を譲渡したわけで、譲渡後故障が頻発。最初に300系がデビューし、それの老朽化が激しくとてもとても使ってられないから350系を導入したという流れのようですが、老朽化が洒落にならない点ではどちらも全く変わらず結局早々に現行の700系(元京王3000系)に置き換えられています。設計が優秀だった8000系と違い、"電車"というもの自体の歴史が今よりまだまだ浅かった時代の車両である。ほんと何で上毛電鉄もコレ使おうと思ったし何で東武鉄道もコレ渡しちゃったのかとしか言いようがない…

f:id:Kusasenbei:20200516222523j:plain主撮影 現行の700系電車

ちなみに上毛電鉄というのは群馬県にあるローカル私鉄で、中央前橋~西桐生を結んでいます。東武鉄道とは赤城駅で接続しており、浅草から赤城行の特急りょうもう号で乗り換え無しで行けてしまいます。また、JR前橋駅から少し歩くことで中央前橋駅に行くことができます。

 

東武線内での活躍

3000系…全線?→(車体更新)伊勢崎線東上線など→野田線(東武では1992年までに廃車)

3050系…全線?→(車体更新)野田線および群馬地区ローカル線(1996年までに廃車)

 

譲渡車…Wikipedia参照↓

上毛電気鉄道300型電車 - Wikipedia

 

参考

Wikipedia

腐っても豆腐の鉄道チャンネル様作の動画↓

https://youtu.be/pTVWpPSqyog

 

 

総武鉄道モハ1000系→高松琴平電気鉄道/上田丸子電鉄

f:id:Kusasenbei:20200516235808p:plain

もはや東武の名前すら出てこなくなりました。総武鉄道というのはかつて東武野田線を所持していた鉄道会社で、東武と合併して現在の東武野田線/アーバンパークラインとなりました。

残念なことに戦前型については東武貨物以上に語ることができないので、説明はWikipediaにお任せしようと思います。

ちなみに、高松琴平電気鉄道はいわゆる"ことでん"、上田丸子電鉄は現在の上田交通です。

総武鉄道モハ1000形電車 - Wikipedia

 

 

 

部品単位での譲渡(廃車済み)※未調査

現在未調査です。判明し次第記述します。

 

 

 

あとがき

ということで、東武鉄道の譲渡車を調べてみました。先述のとおりまだ調査中で、見逃し等も十分考えられるので、後々追記していく予定です。

東武鉄道は貨物輸送を完全に終了してしまった関係で電気機関車が要らない子となってしまっていたので、そちらの譲渡は思ったより結構ありました。一方で旅客列車も少しは譲渡がありますが、小湊鉄道への例を除けば譲渡対象がどれもワケアリっていうのが何というか…。

ひとまず、ここでいったん「公開」とさせていただきます。「こんな譲渡車/譲渡部品もあるよ!」というコメントが来るととてもありがたいのですが、果たして訪問者0人ブログにそんな情報が転がってくるのやら…

*1:103系大阪環状線で使い倒したJR西日本は例外

*2:旅客列車は正確には「型」ですが分かりやすさを重視すること、東武鉄道関係でも表記ゆれが非常に多いことからここでは「系」として統一します。貨物列車は「形」とします